秋の2等星

秋の星座には1等星がひとつしかない、という表現は、まあよく言われることだからあまり深入りするつもりはない。2等星の話をしよう。
2等星は、1等星に比べるとあまり目立たない。暗いということではない。話題にされにくいということだ。1等星だと、星座の話のときにはかならず登場する。みなみのうお座をフォーマルハウトなしに語る人、いないでしょ?
ところが、2等星は語られるほうが少ない。
秋口の星座としてつる座がある。これは、みなみのうお座の少し西にあるので、今時分だと夕方日が暮れたときに南に低く南中している星座になる。
マイナーだけれど、2等星は2つもある。というか、フォーマルハウトを見ようと南の空に目を向ければ、その右下にぽつんぽつんと明るい星が並んでいるのがわかる。雲があったらだめだけれど。これがつる座のα星とβ星だ。

もう少し時間を進めて、今度はみなみのうお座の東側。やっぱり、ぽつんと明るい星が目を引く。ほうおう座のα星だ。
どれも2等星だから、そんなにわかりにくいはずではないのだが、あまり語られることがない。ほかに明るい星がない、というのならみなみのうお座だってそうだから、まあ2等星だと話に出しにくいのであろうな。つる座α星はアルナイルという名がある。一方β星は特に名前が知られていない。別に明るさとしてはアルナイルとたいしてかわらないのだが、まあこういうこともあるのであろうな。2017年にポリネシアのトゥアモトゥ諸島で使われているティアキという呼び名が正式に採用されることになった。やはり南の星座は南の地方のほうが親しみがあるようだ。

ほうおう座α星はアンカアという。別に古風な感じでアンカーと書いたわけではなく、Ankaaというつづりなのである。アラビア語でほうおうの意味。
アラビア語で星の名前がついていると、昔からあるように見える。しかし、ほうおう座は近世になって作られた星座である。どういうことなのよ?と思う向きもあるかもしれないが、これは近世になってから「それっぽく」呼ばれるようになったもの。1800年くらいになってからの呼び名なのだ。もっとも、アラビアでもワシとかダチョウにたとえられていたこともあったようではあるが。
いっぽうわからないのはつる座。こちらも近世になってから新たに作られた星座なのだが、中国でもだいたいつる座と同じ範囲をもって「鶴」と呼ばれていたようである。確かに小さく羽を広げたような形はそれらしいといえばそれらしいのだが。本家?のアラビアでは、もともとはみなみのうお座がこの辺りまで伸びていたようだ。

火星の大接近は夏休みに見ごろになる理由

 火星が大接近になったり小接近になったりするのは、火星の軌道が楕円軌道であり、しかもその離心率がかなり大きいということに関係があるという話を前回のエントリでやった。

uruusangetsu.hatenablog.com

 ところで、この大接近とか小接近といったものは、ランダムに起こるものなのだろうか。あるいは、どれくらいの頻度で起きるのだろうか。



 結論から言えば、惑星の衝は、周期的に生じる。これは火星に限らず、木星でも土星でもそうである。なお、内惑星も基本的にはそうなのだが、いろいろ見え方について違うところもあるし、例によって話がややこしくなるので火星が含まれる外惑星だけに話を限ることにする。
 どういうことか。
 まあまずは、とりあえず、特にどの惑星を仮定したわけでもない、仮のモデルとなる外惑星をいっこ仮定して話を考えてみよう。中途半端な軌道周期ではなく、地球のちょうど3倍、つまり3年周期の公転周期を持つ惑星Xについて考えるとしよう。
 あるとき、この惑星Xと地球が衝を迎えたとする。もし、惑星Xが太陽に対して停止していれば、地球が一年後同じ場所に戻ってきたタイミングで衝となるはずだ。
 ところが、実際の惑星Xは太陽の周りを公転しているので、止まっていない。つまり、地球が一公転するあいだに、この惑星Xは1/3公転する。なので、その一年後には衝にならない。そこから少し進まないと衝にならないわけだ。
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 地球の方が公転する角速度が速いので、追い越して、また追いつくというイメージになるわけだ。
 なお、ここでは実際の速度はあまり問題ではなく、単位時間あたりに太陽の周りを角度でどれだけ動くか、という角速度が重要になってくるので、以後は主に公転角速度に重点を置いて話をすることにします。

 さて。
 これと同じようなものを、小学校の文章題あたりでやったことがある記憶のある人もいるのではないだろうか。そう、時計算である。長針と短針が交わるのは何分後でしょうというやつだ。3時を過ぎて最初に長針と短針が重なるのは、3時15分ではない。

 そうとわかれば、これは算数の問題だから厳密に解くことが出来そうだ。解いてみよう。でも、算数だと大変なので、簡単な数学である一次方程式の手を借りることにする。
 地球に対して、惑星Xの公転角速度は1/3なのだから(ケプラーの法則による速度変化はないものとする)、 R = R/3 + 2\piとなればいいわけだ。
 言い換えると、このようになればいいわけですね。
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 というわけで、上の一次方程式を解くと、 R=3\piとなる。つまり、最初の衝から一年半後に次の衝があるということになる。


 ということがわかったところで、話を一般化してみよう。
 地球に対して、公転周期がT年である惑星Yの、次の衝はいつくるか?
 円軌道と仮定して、考えてみよう。
 惑星Yの公転角速度は地球に対して1/Tであるから、 R = R/T + 2\piを満たすような値 Rを求めばいい。
 この式を解くと、 R = 2\pi T/(T-1)となる。
 ということで、火星の場合は公転周期が1.88年なので、 T=1.88を代入して、2.14年。日になおすと、780日。おおよそ、2年2か月弱というところだ。この衝の間隔のことを、会合周期という。
 衝の間隔なのに衝の文字がどこにも入ってないじゃねえかと思う向きがあるかもしれない。もっともである。代わりに合という文字が入っている。
 合というのは、惑星が太陽と同じ方向に来ることである。もちろん完全に真後ろにくるとは限らないが。いずれにしても、このとき惑星は太陽と一緒にのぼって一緒に沈むので観測することはできない。ありていにいえば、衝の真逆である。
 衝と衝の間にしろ、合と合の間にしろ、やってることは同じだから、(ほぼ)同じ長さなわけです。


 というわけで、火星の衝、つまり観測好機は2年2か月ごとに起こる。つまり、衝のシーズンは、衝のたびに2か月弱、季節が後ろにずれていくわけだ。
 さてここで地球にとって季節とは何か。それは、太陽の周りをめぐる公転軌道のどの位置にあるかということを意味する。
 つまり、どの季節に衝になるか?というのは、公転軌道のどの位置で衝になるかということであり、衝の性質上、その時の火星の位置も移り変わっていく。
 ところで、惑星の近日点がどの位置にあるかというのは、少なくとも数百年とかのスケールでは変わることがない。長期的には変化するのだけど、その長期的というのは何万年とか何億年とかの話なので、無視してよい。
 だから、大接近、つまり火星の近日点付近で衝を迎えるときの季節というのは決まっている。具体的に言うと、火星の近日点は星座でいうところのだいたいみずがめ座の方向にある。だから、みずがめ座あたりで火星が衝になるとき、火星はもっとも大きく見える大接近になりうるわけだ。これは季節でいうと、だいたい8月の終わりである。だから、大接近はだいたい8月ごろに起こることが決まっている。今年の衝は7月31日だけど。そのへんはまたのち。
 一方、その真逆の方向、つまり2月の終わりごろに火星が最も近づく場合だと、火星は遠日点のあたりにいるので、衝といえどもあんまり地球に近づいてくれない。
 そして、接近のたびに2か月づつ遅れていく以上、大接近のあとは接近するたびにだんだん衝のシーズンが後ろへ後ろと移っていき、それと同時にだんだん小接近寄りになる。そして、2月ごろに衝となる小接近を境に、また大接近寄りになっていく、というのを繰り替えすわけだ。
 2か月づつ遅れるんだから、6回で元に戻るんでしょ?と言いたいところだが、2か月というのはキリのいい区切りでの言い回しであって、実際にはそれよりは少し短い。そのため、だいたい7回か8回の接近ごとに大接近になる。前回の大接近は2003年だった。

衝の日 最大接近距離 見かけの半径
2003,8,27 5576万km 25.1 <-------- 大接近
2005,10,30 6942万km 20.2
2007,12,19 8817万km 15.9
2010,1,28 9933万km 14.1
2012,3,6 1億78万km 13.9 <-------- 小接近
2014,4,14 9239万km 15.2
2016,5,31 7528万km 18.6
2018,7,31 5759万km 24.3 <-------- 大接近

(数値は国立天文台のサイトから引用)

 7回か8回っていい加減だなあと思うかもしれない。しかし、これは事情がある。実際のところ、大接近というのは(小接近もだけど)別に何km以下に近づいたら大接近とするという明確な定義があるわけじゃないのだ。何事にもしゃくし定規な定義が存在すると思われる向きには意外かもしれない。大きくなったり小さくなったりのサイクルの中で、極大と極小にあたる回を大接近と小接近と称しているようなところがある。
 なので、事実上大接近が2回続くようなこともある。例えば1986年7月16日には6037万kmまで近づいたのだが、その次の1988年の接近は9月22日に起き、今度は5881万kmまで近づいている。いちおう一番近づいたのは1988年の接近なのだが、1986年の時もさして距離は違わないわけで。
 これは最接近の日付を見るとわかるけれど、ちょうど本来の火星の近日点を挟んで1か月弱、前と後が衝にあたってるんですね。なので、ほとんど差がないということが起きてしまった。ちなみに関西方面の天文ファンの人だとよく「阪神と同じ、18年ぶりの大接近」というような表現を当時何度か耳にしたのだが、阪神の優勝は1985年なのでどっちでもないしこの時は16年ぶりの大接近です。

 前回、2015年の接近も今回ほどではないけれど、かなり大きく見えるようになる準大接近とでもいうべき接近だった。なぜかスーパーマーズなんて言い回しが流行りかけたけれど、じゃあ今回のはなんなのだということになりますよね。その時その時のマスコミの都合で勝手に言葉を作るんじゃない。

 なので、火星の大接近はだいたい夏の後半に起こるという法則があるわけだ。これは、ある意味ではおいしい季節である。あまり寒くないから外で星に親しみやすいシーズンなので、見やすい。また、夏休みにあたっているので、観察に適している。9月に回り込むこともあるけれど、それでも8月中にはかなり明るくなるので。
 一方で困ることもある。夏に見ごろということは、あまり高く昇らないということである。夏は太陽が高く昇りますよね?その反対側に来るということだから、ちょうど冬至の太陽のようにあまり高いところに上ってこない。まあ8月だと夏至からだいぶたっているのでそれなりの高さにはなるのだけれど、小接近の少し手前くらい(2007年とか2009年なんかの接近がそれにあたる)の火星は頭上高くに輝き、それと比べるとなんだかもったいない。
 南半球だと逆になりますが。

どうして火星だけが「大接近」するのか?

 火星の大接近が近い。もう、夜半になると東の空からギラギラと赤い火星が昇ってくる。

 大接近というのは、要するに普段と比べても大きく接近するということである。ちなみにあまり近づかないと小接近。
 しかし、火星以外の惑星であんまり大接近とはいうことはない。なぜだろうか。
 ところで、火星はケプラーを悩ませたことでも有名である。ケプラーはティコ・ブラーエのためた観測データから惑星の軌道を研究していたのだが、火星についてはなかなか解くことができず、苦労したといういきさつがある。当時知られていた理論をもとにして火星の位置を推算すると、どうも位置があってこないのである。それは、誤差ですませられるレベルを超えていた。
 いきなり話を変えるなって?
 いや、この2つにはつながりがあるのである。

 まず、惑星の軌道の話をしよう。
 惑星の軌道は楕円軌道であることがわかっている。これは、地球も火星も土星も同じことである。もちろん細かいことを言えば他の天体の重力による小さな影響などがあるが、今の話では基本的に無視して良い。楕円ということで話を進めることにする。
 もし惑星の軌道が円で、中心の恒星、ああ今回は系外惑星の話はしないので以下太陽っていいますけど、が円の中心にあれば、話は早い。いつも太陽から惑星までの距離は同じである。
 でも、実際にはそうではなくて、楕円なわけである。すると、太陽から惑星までの距離は一定ではないということになる。そのため、太陽にもっとも近づく近日点と、もっとも遠ざかる遠日点が発生することになる。
 結論からいうと、火星に大接近があったり、ケプラーを悩ませたりするのは、この楕円軌道のせいなのである。火星の軌道は、太陽系の惑星の中だとかなりつぶれた楕円軌道を持っている。
 どういうことか?
 ケプラーはちょっとおいておくとして、歪んだ楕円軌道を持っていたらどうなるか、頭の中でイメージしてほしい。当然、公転に伴って、太陽までの距離が大きく変化する。いきおい、接近したときの地球との距離の変化も大きく変化することになるだろう。なるほど、それで大接近というのだなと納得できそうである。
 それでいいのだろうか?
 そもそも、その軌道は円からどれくらいずれているのだろうか?

 楕円のつぶれぐあいを表す値に、離心率がある。0なら真円で、1なら放物線である。そのあいだの値なら、楕円ということになる。ちなみに1を超えると双曲線。離心率の概念は単なる縦横比というわけではないので数字から形状をイメージしにくいのだが、楕円の最も長いところで測った径(長半径)と短いところで測った径(短半径)の比を離心率を使って表すと、eを離心率として、\sqrt{1-e^2}として表せる。離心率0.5の楕円だと長半径と短半径の比は0.87くらいになる。TeXが使えるとかマジ便利。
 それはそうと、当の火星の離心率はいくつか?
 これはだいたい0.093である。
 離心率0.093の楕円というのが、どれくらいつぶれているかというと、これはさっきの長半径と短半径の比の式から算出できる。別に絶対的な大きさを知りたいわけじゃないので、長半径を1にして電卓(スマホのアプリでもエクセルでもRでも良いけど)でパチパチやってみてください。1だとかえってイメージしにくいという人は、100にしてみるとパーセンテージでの表示になる。
 すると、出てくる値は、100:99.6。
 つまり、長半径に比べて短半径が0.4%短い。
 あんまりつぶれてないですね。ていうか、ほとんど円ですね。コンパスで円を書こうとして、直径10cmの円で0.4mmずれるだけということなので、ちょっとコンパスが広がっただけでも達成できそうな感じですね。
 ちなみに、地球の形状は完全な球からちょっと南北方向につぶした形と言われるんですが、地球を南北方向にぶった切った断面図はだいたい楕円で、その離心率は0.082くらいとされる。つまり、地球の形と似たり寄ったりということである。
 ということを踏まえて、

火星に大接近があったり、ケプラーを悩ませたりするのは、この楕円軌道のせいなのである。

 お前は何を言っているんだと言われそうである。0.4%で一体、なにができるのか。
 でも、このせいなのである。たかが0.4%、されど0.4%。
 その事情を知るためには、当のケプラーが悩んだ末に発見したケプラーの法則を先取りしてみることにしよう。これは、ケプラーが火星の軌道について悩んだ末にそれを解くために発見したものだから、いわば答え合わせみたいなものである。現代人って便利だ。

 ケプラーが惑星の軌道について発見した法則はそのまんま、ケプラーの法則というのだが、三つからなる。その第一法則によれば、惑星は楕円軌道を描くというのだが、それだけでは今回のエントリの最初で話した話からなにも話が進んでいない。第一法則には続きがある。惑星は太陽をひとつの焦点として、楕円軌道を描くのである。
 楕円には、中心とは別に焦点というのが2つある。というか、焦点があることが楕円のポイントであって、このあたり詳しくは幾何学の教科書をめくってもらうとして、楕円の焦点は、中心から長半径方向に離心率ぶん離れている。
 要するに、
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こうじゃなくて、

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こうなんですね。
 ピンとくるかもしれないが、惑星の軌道を楕円とみたときの近日点は、楕円の短半径側ではない。長半径方向のうち、中心の太陽から遠い側である。そのため、近日点と遠日点の差は、長半径と短半径の比ではなく、もっと大きくなるのだ。
 具体的な式としては(1+e)/(1-e)と書けるが、もっとざっくりイメージしてみよう。火星の離心率は、0.093である。およそ0.1とすると、近日点と遠日点は、その2倍である2割、まあ切り上げてるから2割弱、の違いがあるだろうと検討がつけられる。これは、具体的な数字でいうと、0.3天文単位くらいの差にある。
 これを踏まえて、火星の大接近について改めて考えてみよう。

 今まではあまりはっきりさせていなかったが、火星(に限らず、惑星)が接近するときの地球との位置関係についてちゃんと考えてみよう。
 惑星が見頃というのはどういう状態を意味するかというと、太陽に対して反対側付近に来るという意味である。これは外惑星(地球より外側を回っている惑星)に限定されるので、水星や金星はその限りではないので気をつけてくださいね。火星は外惑星なので、以下外惑星に限って話を進める。
 なんでその時が見ごろかというと、太陽の反対側にいるということは、地球で言う夜の方向で見えるので、当然見やすい。それに、距離的にも一番近くなる。
 この、天体が地球から見て太陽の反対側にいる配置のことを、と呼んでいる。

 地球が火星の近日点側で近づくか、遠日点側で近づくかで、太陽までの距離が全然違ってくるということになるわけだが、実はこれに加えてもうひとつ事情がある。それは、火星は地球に近いということ。近いというか、すぐ外を回っている。これが何を意味するかというと、ただでさえ開き気味な差が、さらに割合的に増幅されるということである。グラフで、下の方をはしょってしまって変化を大きく見せかける手法がありますね。あれです。
 火星が近日点のときは、太陽からの距離は1.381天文単位。このとき地球の反対側に来れば、地球からの距離は0.381天文単位ということになる。
 一方、遠日点のときはどうか。太陽からの距離が1.666天文単位だから、地球の反対側に来ても0.666天文単位。つまり、太陽までの距離だと2割くらいしか違わなかった距離が、地球までのそれとなる倍くらいまでに差が開いてくる。なお、実際には地球も楕円軌道なんで少し変化するんですが、煩雑だし地球の公転軌道の離心率が小さいので便宜上円として計算しています。
 見かけの大きさは距離に反比例するから、距離が倍違えば、もっとも近づいた時の見かけの大きさも倍違ってくるということになるわけですよ。かくして、大接近と小接近が存在することになる。

 この2つの要素が重要である証拠に、その次に太陽系に近い外惑星、木星の場合と比較してみよう。木星で大接近とか小接近とかいうことは、まあない。とりあえず自分は聞いたことがない。
 木星の離心率は0.048である。なので、遠日点と近日点の距離の差は、倍の1割弱ということになる。一方、木星までの距離は5.2天文単位なので、だいたいその周辺で一割増減するということになる。だから衝のとき、木星から地球までの距離は4.2天文単位ということになる。そして木星の軌道のどの場所で衝を迎えるかで、プラスマイナスで最大0.5天文単位くらい増減する、というところだ。
 これによって変わる見かけの大きさは、1割強である。まあ、目に見えてはっきりした違いとはとても言えない。

 それで大接近が起きる理由はいいのだけど、じゃあ、ケプラーが火星の軌道計算に苦労したのはなんなのか?楕円軌道と何の関係があるのか?
 ケプラーは最初、惑星の軌道として円軌道を仮定していたし、軌道の中心に太陽があるのではなく、焦点にあることも知らなかった。だから太陽からの距離がそんなに変わるとは思っていなかったはずである。それはそうかもしれないが、でもなぜそれが悩みの種になったのか?
 ということでケプラーの法則の第二法則である。この法則によれば、太陽と惑星を結んだ線が単位時間あたりに掃く面積は常に一定である。
 言っている意味が分かりにくいかもしれないが、これは要するに、楕円軌道を運行する惑星の公転速度は一定じゃないということだ。太陽に近いときは速く、遠いときは遅くなる。そしてその速度は太陽からの距離にほぼ反比例するということである。
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 そういわれてもなんだかピンとこないかもしれない。地球の軌道は離心率が非常に小さいから、近日点と遠日点の差はかなり小さいし公転速度もそんなに変わらないためだ。だから、日常ベースではそんなに違う気がしない。
 ところが、火星の場合はさっきも見たように、2割違うのである。つまり、公転速度も2割変化する。
 それはまあ、計算ずれてくるよねって話で。

ウルトラスーパームーン?

 さて昨日のスーパームーンだが、日本国内ではあんまり天気が良くない地点が多かったようだ。まあありがちである。スーパームーンくらいならいいけれど(よくないか)、月食や日食でこれがくると実に残念である。

 そんなことはどうでもいいのだが、今回のスーパームーンスーパームーンのなかでもウルトラスーパームーンらしい。なんというか、どうも子供がよく使う「一億万円賭けるか?」のような言い回しを思い出してしまうのは自分だけではないと思うのだがそれはそれとして、68年ぶりのスーパームーンなどという言い回しも見受けられる。

 ハレー彗星なら「76年ぶりの大接近」は分かるし、金環日食が「日本では148年ぶり」も分かる。でも月は別にいつでも見えているわけで、この言い回しがいわんとすることはいったいなんなのか。

 スーパームーンA級戦犯…… もとい言い出しっぺ、もとい立役者のノーレ氏のサイトでも、ウルトラスーパームーンなる言葉は見受けられない。ウルトラスーパームーンGoogle検索を掛けてみると、やはり今回のスーパームーンの話が上位に並んでくる。

 ロイターの記事によると、

14日は満月の月が平均距離より地球に近い位置を通る「スーパームーン」となるが、その距離が1948年以来最も地球に近く、約70年ぶりの大きさと明るさとなるため、「ウルトラ・スーパームーン」の天体ショーが世界各地で楽しめそうだという。

14日は「ウルトラ・スーパームーン」、70年ぶりの大きさと明るさ | ロイター

 

 平均距離と言うのは、公転にともなって変化している地球から月までの距離の平均、ということなので、月がそれより近くなるのは(距離が正規分布をなすなら)一ヶ月のうち半分である。

 実際にはそう簡単ではないが、「天文年鑑 2016年版」の「月のこよみ」ページをあたってみると、例えば今年11月の間で「月までの平均距離」384400km*1より月が近くなるのは、11月9日から20日までの12日間である*2。4割の確率で起きるスーパームーンというのは、また新たな定義の登場である。

 ところでロイターのサイトの記事にはでっかい月の写真が掲載されている。ちっぽけな建物や人々を前景にしてなかなか迫力のある写真だが、もちろんスーパームーンで肉眼で見える月は通常の14%大きいだけである。望遠レンズを使って、建物と人々を遠景として月と同じ視野に入れて、撮影されたものだと思われる。写真作品としてはスゲエの一言だけれど、これをスーパームーンの記事の写真として掲載するのは「いったい何を意図したんですかねえ?」と問いたくなるのは自分だけではないと思う。もしこれがロイターでなく「朝日新聞」や「フジテレビ」あたりだったら、日本国内在住の報道姿勢にうるさい方々がどんな反応をしたか、かなり興味深いところではある。

 話を68年ぶりのスーパームーンに戻す。

 ロイターの記事では、特にウルトラスーパームーンという言葉が何を示すかは触れられていない。天気予報などでお世話になっている人も多いであろう、日本気象協会tenki.jpの記事では、

あす(14日:月曜日)は満月です。
ひときわ大きく見える満月を「スーパームーン」と呼ぶのがおなじみになりつつありますが、
その言葉を使うと14日(月)は「超スーパームーン」または「ウルトラスーパームーン」と呼べそうです。

スーパームーン 68年ぶりの巨大さ(日直予報士) - 日本気象協会 tenki.jp

 ちなみにこの記事ではスーパームーン天文学的にはっきりした定義がないこともちゃんと触れている。念のため。それはともかくとして、ここでは「ウルトラスーパームーン」という名前自体、そうも言える、という言い方にとどまっている。
 エコとか自然食品が嫌いな人が目を剥いて起こりそうな名前のWebメディア、マイロハスという記事では、今年の年頭に早くもこの言い回しを使っている。

昨年の本連載「星と暮らす」は、皆既月食ブルームーン中秋の名月スーパームーンなど、月で盛り上がった1年でした。

「ウルトラスーパームーン」が68年ぶりに 2016年注目の天体ショー - Peachy - ライブドアニュース

  中秋の名月スーパームーンはたいてい一年に一回は見られるので(スーパームーンは定義によるみたいだが)、そりゃあ一年のスパンで話題にすれば一回は話題になるよなあと思うけれどそれはそれとして、

 今年のうちで、月がもっとも地球に近づいたタイミングで満月(スーパームーン)になるのが11月14日。今年は月と地球の距離がぐっと縮まって、なんと68年ぶりの近さに! スーパームーン中のスーパームーンで、名づけるとしたら「ウルトラスーパームーン」という感じです。夜空にぽっかりと浮かんだ迫力満点の月を想像するだけで、ワクワクがとまりません!

「ウルトラスーパームーン」が68年ぶりに 2016年注目の天体ショー - Peachy - ライブドアニュース

  しかし、Google先生にお伺いをたてると、ウルトラスーパームーンなる言葉を使っているニュースサイトは多いものの、ネットニュースや時々TVがひっかかるのが主で、いわゆる「オーソドックス」な報道機関の名前はそれこそロイターくらいだ。そんな中、TVの報道番組でのやりとりを抜粋して紹介している、「J-CAST テレビウォッチ」では、「あさイチ!」という番組でのウルトラスーパームーンの扱ったコーナーが紹介されている。

佐藤俊吉アナが「今夜はスーパームーン。普段よりとくに大きく明るく見える大満月なんです。1年に1回のこの現象はあるのですが、なかでも今夜の月は1948年1月以来の近さまで接近します」と説明する。
大きさも明るさももっとも小さく見える時の約1・3倍だ。

68年ぶり!今夜のウルトラスーパームーン見える?東北、北海道、沖縄の一部 : J-CASTテレビウォッチ

 

今年はスーパームーンの中でもウルトラスーパームーンというわけだが、なぜ大きく見えるのか。「地球の周りを回る月の軌道は楕円形です。今夜は距離35万6500キロメートルまで近づくんです。これが68年ぶりというわけです」(佐藤アナ)

68年ぶり!今夜のウルトラスーパームーン見える?東北、北海道、沖縄の一部 : J-CASTテレビウォッチ

 説明が大筋で間違ってないのは良いとして、ここでもウルトラスーパームーンという言い回しは既定のものではなく、あえて言えば…… のようなニュアンスで使われている。

 素人のマスコミ検証(笑)はこれくらいにしておいて、結局、スーパームーンのなかでも特に大きいからウルトラスーパームーンということらしい。
 
 要するに、こういうことである。

 近地点附近で迎える満月の日がスーパームーンである、と一口に言っても、その近づき方はさまざまである。まあ、その定義はさまざまであるが。

 元来の定義は額面どおり受けとると、年一度で済まないスーパームーンが起きることになってしまうようなので、実際には僕が何か読み違いをしたのだと思うけれどよく分からない。とりあえず「その年のなかで一番月が地球に近い満月」くらいに考えておくことにしよう。また定義が増えてしまったが、気にするない。

 さて、一般的に満月といえば、「今日は満月の夜だ」とか言われることからも分かるように、一日単位で見られるものと認識されているんじゃないかと思う。

  しかし、より正確な定義を使うなら、満月というのは月が地球に対して太陽の反対側にやってきた瞬間である。何度も引用している「天文年鑑 2016年版」 でも、「11月14日22時52分○満月」とある*3。一方で、日付単位で名づけられているもの、たとえば文化の日は3日の欄に特に時刻が書かれず記載されて いる(天文現象じゃないけど)。はっきり時間を指定することにあまり意味のない現象も同様で、例えば6日の欄には「おうし座南流星群が極大(条件良)」と の記載があるが、何時にピークとはかかれていない。

 流星群のピークはずれることも珍しくないし、流星群にもよるが前後数時間、ものによっては前後数日はほぼ同等の出現を示すことも多い。そういうことだろう。
 で、いっぽうで満月が時分までこまかく記載されているのは、天文学的に正しく記載しようと思えば、こうなるからである。だから、例えば今年10月のように、13時23分という真っ昼間に満月になることだってある。

  普通満月というのは日没とほぼ同時に上って日の出とほぼ同時に沈む。昼間に見える満月 #とは! などとハッシュタグを使いたくなるが、もちろんこれはそういうことではない。日本では月が上っていない時間帯に「満月」になったということである。地球の 反対側にある、アメリカやヨーロッパではこの「満月の瞬間」が見えるということだ。

 もちろん実際に日常生活で満月という言葉を使うときは、「そ の瞬間を含む晩」くらいに使うことが多いし、それはそれで問題はない。こまかく見ていけばいろいろ悩みどころもあるだろうが、たとえば「天文年鑑」の版元が出している天文雑誌、「天文ガイド」サイトの「観測カレンダー」には満月や新月の日は記載されているけれど時刻は記載されていない。そこまで必要ない、という ことだろう。

  話を戻す。こういうことを踏まえると、「満月の日に近地点附近を通る」と一口に言っても、その「満月の瞬間」に近地点附近のどのあたりを通っているのか、 は毎回少しづつちがってくるわけだ。ということは、近地点を月が通る瞬間と、満月の瞬間が近いほど、「より完璧なスーパームーン」といえなくもない…点と まあそういう話にもなってくるのだろう。

 さらにさらに、前回、近地点移動の話で述べたように、月の軌道はいろいろな天体(ていうか主に太陽と地 球)の重力による影響を受ける。近地点移動そのものもそうだったが、それ以外にも軌道が重力の影響を受けてかき乱されることも多く、完全な楕円軌道という わけではないし、毎回同じ距離まで近づくわけでもない。もちろんそれが「地球から1万km」になったり、地球から遠ざかる方が「地球から100万km」に なったりということは(とりあえず僕達が生きている間には)ないと思われるが、数十km数百km規模ではばらつきが起こる。

 といったことを突き詰めていくと、わずかな違いではあるが、その中でも特に、もとい相対的に「近い」満月というのがある。そういうことを考えていくと、今回のスーパームーンは「近い」ものになる。

  前回わりと嫌味な感じに紹介しておいてなんだけど、Astroartsの記事では、1900年以後、月が近づいたランキングが掲載されていて参考になる。 これによると、1912年1月4日が1900年から今までで一番月が近づいた状態での満月ということになる。以下、1930年1月15日、1948年1月 26日、1972年11月21日、1993年3月8日と続く。今回の11月14日の満月は、1948年のものと1972年のものの間に入る。つまり、 1900年以後の満月の距離をずらっと表にすると、1948年1月以降、今回ほど近かった満月はなかったわけだ。これが、「68年ぶりのスーパームーン」 ということであり、歴代上位に入る大きさということで、「ウルトラスーパームーン」ということになる、のだろう。

 ちなみに今後は、2034年 11月26日に今回より近いところで満月を迎える。これが、「次は18年後」の根拠となっていると思われる。以後は、2052年12月、2054年1月、 2070年12月、2098年1月、と続く。今回よりは少し遠くなるが、2036年1月もかなりの「ウルトラスーパームーン」になる。

 ここまで、あえて具体的に「何km近づくか」は書かないでおいた。それでは、これらの「ウルトラスーパームーン」、いったいどれくらい近づいたのか。

日付満月時の距離
1912年1月4日 35万6375km
1930年1月15日 35万6405km
1948年1月26日 35万6490km
2016年11月14日 35万6521km
1972年11月21日 35万6524km
1993年3月8日 35万6530km

 

  歴代1位から6位までで、155kmの差しかない。155kmといえば直線距離で東京から焼津くらい。かなりの距離に思えるが、月までの距離35万6000kmに 対してみたら、0.04%である。むろん、見かけの大きさの違いもその程度。

 ちなみに前回の2015年はどうだったかなあと調べても情報が出てこない。しかし、9月28日に最近になったときの距離 が35万6877kmだったというデータが同じくAstroartsの「天文現象カレンダー」に見える。その一時間後に満月だったようなので、それよりは遠いのだろう。同じく2014年のスーパームーンは、8月11日の2時43分に35万6896kmで最近になった30分後に迎えた満月である。

 今回の満月がこれらの距離と比べてどれくらい近いか、と考えて電卓を叩いて見たところで、0.1%くらいしか違わない。

 さらにさらに問題がある。ここまで、「距離」というのを、メジャーで二点間を測って目盛を読んだら分かる、かのように語ってきた。しかし、これがまた問題である。

 そもそも月から地球までの距離とは何か。「そんなの当たり前じゃないか、月と地球を結んだ最短距離だよ」という人もおられるかもしれない。

 でも、考えてみてほしいのだ。月も地球も、大きさを持った、岩の塊である。「月と地球を結んだ」といったところで、その岩の塊のどこからどこを測定するのだ?

  これは別に月と地球に限らない。さっき155kmを「東京と焼津の距離」と言ったが、これはそれぞれ、東京都庁焼津市役所のマークの間を測定したもので ある。よく、道路標識でXXまでyykmという看板があるが、あれは多くは市役所などの役場までの距離なので、大きい市などではずれにある目的地を目指す と実際にはそれよりずっと多く(あるいは少し)の距離を走ることになる、ということも多い。

  普通、天文学でそんなことを気にする必要はあんまりない。距離の方がはるかに大きいし、もっというと誤差のほうがもっと大きいことが多いからだ。ところ が、地球と月となると距離がかなり近いし、そこで「スーパームーン」をめぐって細かい数字をいじるとなると、こちらの影響が無視できなくなる。

  一般的に、こういう天文学的な距離は、それぞれの天体の中心から中心までの距離、ということになっている。地球の中心から地球表面までの距離は、 6400kmくらいである。地球の中心に人間が行くことはできないので、表面に立って観察する限り月までの距離はそれだけ近くなる。

 ところが、 地球表面から中心までの距離は、場所によって異なる。おおざっぱに言うと地球は少しつぶれた回転楕円体(球を少しつぶした形)をしているので、北極方向だと中心からの距離は6753kmで、赤道方向だと6378kmになる。おや、さきほどベスト5でこだわっていた距離が埋もれてしまうではないか。

 しかも、実際には月が頭の真上に来るわけではない。地球の半径分、月に近づくことができるのは、月が頭の真上に来た場合である。地球の中心-観測者-月の中心が一直線に並んだとき、はじめて地球の半径分月に近づいた、といえるのだ。

  ところで日本の本州あたりの緯度だと、月は一番高く上っても天頂から南側ななめ上を通っていく。これは、月と地球を結んだ最短曲線から少し外れたところに いる、ということなので、単純に最短距離-中心までの距離、よりは少し遠くなることになる。これが北極や南極となるともっと遠くなり、地球中心から測った 距離とほとんど変わらなくなってしまう。

 季節による違いもある。さきほど「ななめ上を通っていく」と書いたが、その上る高さは季節によって変化するからだ。

 満月は、太陽の反対側にあるので、日本のように北半球の場合、冬至ごろは一番高く南中し、夏至ごろは一番低く南中する。冬の満月がこうこうと照らすイメー ジは、高く上るからではないかと思うけれどそれはそれとして、これが低く上るということは、やはり単純に最短距離-中心までの距離、からの遠ざかり方がよ り大きくなる、ということである。

 また同じ理由で、上ってきたばかりの月は、南中したときの月より少し遠くにあるはずである。上ったばかりの月など、雲や山やらでなかなか見る機会もないが、(計算上煩雑なので便宜上月が天頂を通る地点にいたとして)理論上はほぼ地球の半径分、南中時より遠くにあるはずだ。地球の半径は6400km。とすると、スーパームーンとはいったいなんぞやということになる。

 ありていにいえば、適当なスーパームー ンを選んで、赤道附近の低緯度地帯の、地球中心からの距離が遠く、かつ月が天頂附近を通過するような場所へ旅行して、南中の瞬間に月を見るほうが、スー パームーンの順番を調べるよりたやすく「大きく、明るい月を見ること」ができそうだ。高い山か飛行機で上空に飛べば、もっとダメを押せるかもしれない。その差が目に見えて分かるものかどうか、は保証のかぎりではないけれど。

*1:天文年鑑 2016年版」 p189

*2:天文年鑑 2016年版」 p111

*3:天文年鑑 2016年版」 p40。なお、原文では○は満月のマークである。

スーパームーン?

  今日はウルトラスーパームーンだそうですよ。


 このスーパームーン、言い出されたのはせいぜいここ数年のことで、一体どういういきさつで登場したのかよく分からない現象である。
 Google Trendを使って時系列解析をしてみると、日本語の「スーパームーン」で検索しても英語で「supermoon」と検索しても、2011年3月ごろにとたんにヒットし始めてそれ以前にはほとんど登場しない呼び方であることが分かる。まさかこの時突然何かの力で創られた言葉ということはないだろうが、この頃に何らかの理由で広まったものだろう。

 この言葉がネットでよく見受けられるようになった頃にGoogle先生に伺いを立てて見たところ、おもに星占いなどのオカルト記事ばかりがひっかかったと記憶しており、どうもそっちが本来の由来のようである。実際、Wikipediaの記述、というかその出典である天文系のトンデモを批判するブログ、Bad Astronomyによれば、この言葉はリチャード・ノーリという占星術師が言い出したもののようである。
 この占星術師によると、この言葉を定義したのは1979年のことだそうだ。これによると、地球に月がもっとも近づいたときの大きさの90%以上に見えるくらいまで接近した満月のことを、スーパームーンというのだそうである。

SuperMoon is a word I coined in a 1979 article for Dell Publishing Company's HOROSCOPE magazine, describing a new or full moon which occurs with the Moon at or near (within 90% of) its closest approach to Earth in a given orbit. In short, Earth, Moon and Sun are all in a line, with Moon in its nearest approach to Earth.

SuperMoon: What It Is, What It Means

 

 もともと、月の軌道は完全な円形ではない。だから、スーパームーンとか関係なしに日によって少しづつ大きさが違ってみえるのだが、その中で一番地球に近い点(近地点)附近を通ったときが一番見かけの大きさとしては大きくなる。

 ところで、この見かけの大きさが一番大きくなるのがどの月齢にあたるかは、毎回違う。ただまあ、月はだいたい一ヶ月で地球のまわりを一周するので、だいたい1ヶ月に一度はそういう時がある。
 スーパームーンという言葉が一般化する前から、天文年鑑の「毎月の空」には「月が最近/最遠」という項目が立てられている。これは月が地球のまわりを一公転するとき、最も近くなる瞬間と最も遠くなる瞬間である。

 例えば今年の1月だと15日の11時14分に最近となるが、この日の月齢は5.4だから三日月と上弦の月の間くらいである(実際には「月齢」の項目はその日の21時のそれなので、月が近地点を通った瞬間の月齢とは少しずれがある。以下同様)。2月は11日の11時41分で、この日の月齢は2.9。3月は10日の16時4分に最近で、この日の月齢は1.4。ちょっとづつ変わっている。
 これは、月が地球のまわりを公転しているのと同じく、地球も太陽のまわりを公転しているため、近地点の方向が相対的にずれていく、という理由による。
 といってもわかりにくいので、国立天文台の暦Wikiの図を見てほしい。

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暦Wiki/月の満ち欠け/大きな満月、小さな満月 - 国立天文台暦計算室より


 というわけで、だいたい年に1回、満月や新月の日がこの「月が一番近づく」日に一致することがある。これを、スーパームーンと呼んでいるのだそうな。

 もっとも、この定義でやろうとすると、満月の日がちょうど「中抜け」のようになってしまう年もあるはずである。

 一年で近地点の太陽に対する向きが360度変化するとすれば(実際には必ずしもそう単純ではないけれど、まあ仮に)、太陽と月の相対位置はだいたい一ヶ月に15度動くはずだが、これは月齢に換算すると2.5くらいになる。「月に一番近づく日」の月齢が満月をとびこすことは普通にありえる。ノーレ氏は「最も近づいたときの90%以上」という定義を与えていて、Wikipeida編集者は「なぜ90%という数字が選ばれたかについては言及しなかった」としているが、これもその辺の事情をなんとかするための苦肉の策だったんではと思ったりする。

 思ったりはしたのだが…… そもそもこの90%というのは何の割合なのかよく分からない。地球から月の距離の変化する範囲はおおよそ、約35万6000kmから40万6000kmまでの間である。月のみかけの大きさは距離に反比例するので、手元の電卓によればもっとも遠いときは14%大きく見える、ということになる。

 で、ノーレ氏の定義がなにをいいたいのかということになると、もっとも近づいて見えるときの理論値の9割以上、というのが一番自然な考え方かなあと思うのだが、月がその大きさになるのは地球から39万5000kmより近づいた時すべてである。「天文年鑑」の「月のこよみ」によると、例えば今年の1月にもっとも近づくのは前にも述べたとおり15日だが、39万5000kmより近い期間となると7日から26日までの20日間である、この間には新月(10日)が含まれる。1月10日はスーパームーン、ということになってしまうが、そんな話は聞かない。そもそも新月スーパームーンは「見えない」ので話題にならないというのはあるにしても、一公転の3分の2がスーパームーンというのではなんだかおかしい。なにかと「定義」にこだわるのが好きな向きの方は、注意してみてもいいかもしれない。

 ちなみに天文雑誌の版元でもあるアストロアーツの特設サイトでは、

科学的な定義が決まっていない言葉ですが、アストロアーツでは現状(2016年11月時点においては)“「月の近地点通過(月が地球に最接近するタイミング)」と「満月の瞬間」が「12時間以内」の場合、その前後の夜に見える満月”を指してスーパームーンと表記しています。「これが正しい」ではなく「このように考えることにしている」ということです。

2016年11月14日 スーパームーン - AstroArts

 としている。そこまでしてこの言葉を広める理由はよく分からないが、まあいろいろあるのだろう。

 

 ところで、さきほどのGoogle Trendで「スーパームーン」が跳ね上がっている月を見ていくと、だいたい年に一回くらいで跳ね上がっている。そのあたりがスーパームーンだったんだろな、というのは容易に想像がつくのだが、よく見てみると毎年同じ月にスーパームーンが見えているわけではないことに気づく。2011年は3月、2012年は5月、2013年は6月、2014年は8月、2015年は9月、そして2016年は11月、である。そして実際、その月にスーパームーンが見られている。

 それのどこが不思議なのか、と思われる方も多いかもしれない。

 しかし、実際おかしいのだ。さっきの国立天文台のサイトの図を再見してみてほしい。

 スーパームーンの起こる月齢は、地球から見た太陽の方向と近地点の方向のつくる角度で決まる。近地点は公転にしたがって動くわけではないから、こういうことが起こる。

 ということは、毎年同じ時期に近地点の方向が満月と重なるはずではないのか。もちろん、毎年同じ日に満月が見られるわけではないから、少し前後するのは分かる。でも、なぜ毎年少しづつ違う時期にスーパームーンが見られるのか。

 これは、「近地点、実は止まってるわけではない」という事情による。

 月の軌道、というのは意外に安定していない。これは、地球や太陽といった天体の重力で絶えず軌道がわずかながらもふらつかされているためである。そのため、「月の軌道は楕円ですよ」

と一口に言っても、その楕円軌道の形はゆっくりと変化する。これは実は月に限らず地球だって火星だってそうなのだが、公転周期が短いこともあって、そのタイムスケールが月の場合は特に短い。

 その中でも大きな変化が、近地点の方向がしだいに動いていくということだ。

 再び暦Wikiから図を引用させてもらうことにする。

 

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暦Wiki/月の満ち欠け/大きな満月、小さな満月 - 国立天文台暦計算室

もちろんこれが1年以下の周期だったりしたら、そもそもこのエントリの前段の話自体が成立しないのでそれよりは長い。でも、人間にとって気にする必要のないレベルかというと、微妙。この近地点の向きは、約8.85年で一周するのである。

 こうなると、近地点が長期的にゆっくり移動していくため、毎年同じ時期にスーパームーンが見えるということはなくなる。というのも、ある年にスーパームーンだった時から一年たった満月は、近地点が少しずれているので、スーパームーンじゃなくなっているのだ。

 じゃあそのずれはどれくらいか?約8.85年で一周するというのだから、360をこの数字で割ってみよう。40度強である。

 ところで、地球が太陽を一周するのは1年である。ということは、40度強ずれたところで次の満月を迎えるのは、1ヶ月半くらい経ってからになる。そのことをふまえて、前に掲げたここ数年のスーパームーンの時期を見てみると、なるほどそんなものである。ぴったり1ヶ月半ではないのは、「満月」じゃなきゃいけないため前後するためというのが大きい。

  ところで、月が最も近づいたときと遠ざかった時の見かけの大きさの差は14%と、さきほど書いた。これはいったいに目で見えるものなのか。

 これについてはよく分からない。自分はあまり実感した記憶がないのだ。そもそも、スーパームーンといったところで、しょせん月の楕円軌道の範囲である。満月かどうかはともかく、月に一度は、だいたいそれくらいの大きさで見えるはずだ。

 なので、もしスーパームーンを目で見て実感できる人がいたら、毎月いろんな月齢の「大きな月」を楽しむのもいいかもしれない。また、楕円軌道というのは一ヶ所が突出して凹んでる形ではないので、スーパームーンの大きさを実感できる人なら、前後数日も当日ほどではないにしろ大きく見えるはずである。だんだん見かけの大きさが変化していくのをとらえ、どのあたりで「いつもの月のようにしか見えなくなる」のか気に留めてみるのもまた一興ではないだろうか。月の出は月齢が進むにつれ遅くなっていくのでその点は注意である。