スーパームーン?

  今日はウルトラスーパームーンだそうですよ。


 このスーパームーン、言い出されたのはせいぜいここ数年のことで、一体どういういきさつで登場したのかよく分からない現象である。
 Google Trendを使って時系列解析をしてみると、日本語の「スーパームーン」で検索しても英語で「supermoon」と検索しても、2011年3月ごろにとたんにヒットし始めてそれ以前にはほとんど登場しない呼び方であることが分かる。まさかこの時突然何かの力で創られた言葉ということはないだろうが、この頃に何らかの理由で広まったものだろう。

 この言葉がネットでよく見受けられるようになった頃にGoogle先生に伺いを立てて見たところ、おもに星占いなどのオカルト記事ばかりがひっかかったと記憶しており、どうもそっちが本来の由来のようである。実際、Wikipediaの記述、というかその出典である天文系のトンデモを批判するブログ、Bad Astronomyによれば、この言葉はリチャード・ノーリという占星術師が言い出したもののようである。
 この占星術師によると、この言葉を定義したのは1979年のことだそうだ。これによると、地球に月がもっとも近づいたときの大きさの90%以上に見えるくらいまで接近した満月のことを、スーパームーンというのだそうである。

SuperMoon is a word I coined in a 1979 article for Dell Publishing Company's HOROSCOPE magazine, describing a new or full moon which occurs with the Moon at or near (within 90% of) its closest approach to Earth in a given orbit. In short, Earth, Moon and Sun are all in a line, with Moon in its nearest approach to Earth.

SuperMoon: What It Is, What It Means

 

 もともと、月の軌道は完全な円形ではない。だから、スーパームーンとか関係なしに日によって少しづつ大きさが違ってみえるのだが、その中で一番地球に近い点(近地点)附近を通ったときが一番見かけの大きさとしては大きくなる。

 ところで、この見かけの大きさが一番大きくなるのがどの月齢にあたるかは、毎回違う。ただまあ、月はだいたい一ヶ月で地球のまわりを一周するので、だいたい1ヶ月に一度はそういう時がある。
 スーパームーンという言葉が一般化する前から、天文年鑑の「毎月の空」には「月が最近/最遠」という項目が立てられている。これは月が地球のまわりを一公転するとき、最も近くなる瞬間と最も遠くなる瞬間である。

 例えば今年の1月だと15日の11時14分に最近となるが、この日の月齢は5.4だから三日月と上弦の月の間くらいである(実際には「月齢」の項目はその日の21時のそれなので、月が近地点を通った瞬間の月齢とは少しずれがある。以下同様)。2月は11日の11時41分で、この日の月齢は2.9。3月は10日の16時4分に最近で、この日の月齢は1.4。ちょっとづつ変わっている。
 これは、月が地球のまわりを公転しているのと同じく、地球も太陽のまわりを公転しているため、近地点の方向が相対的にずれていく、という理由による。
 といってもわかりにくいので、国立天文台の暦Wikiの図を見てほしい。

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暦Wiki/月の満ち欠け/大きな満月、小さな満月 - 国立天文台暦計算室より


 というわけで、だいたい年に1回、満月や新月の日がこの「月が一番近づく」日に一致することがある。これを、スーパームーンと呼んでいるのだそうな。

 もっとも、この定義でやろうとすると、満月の日がちょうど「中抜け」のようになってしまう年もあるはずである。

 一年で近地点の太陽に対する向きが360度変化するとすれば(実際には必ずしもそう単純ではないけれど、まあ仮に)、太陽と月の相対位置はだいたい一ヶ月に15度動くはずだが、これは月齢に換算すると2.5くらいになる。「月に一番近づく日」の月齢が満月をとびこすことは普通にありえる。ノーレ氏は「最も近づいたときの90%以上」という定義を与えていて、Wikipeida編集者は「なぜ90%という数字が選ばれたかについては言及しなかった」としているが、これもその辺の事情をなんとかするための苦肉の策だったんではと思ったりする。

 思ったりはしたのだが…… そもそもこの90%というのは何の割合なのかよく分からない。地球から月の距離の変化する範囲はおおよそ、約35万6000kmから40万6000kmまでの間である。月のみかけの大きさは距離に反比例するので、手元の電卓によればもっとも遠いときは14%大きく見える、ということになる。

 で、ノーレ氏の定義がなにをいいたいのかということになると、もっとも近づいて見えるときの理論値の9割以上、というのが一番自然な考え方かなあと思うのだが、月がその大きさになるのは地球から39万5000kmより近づいた時すべてである。「天文年鑑」の「月のこよみ」によると、例えば今年の1月にもっとも近づくのは前にも述べたとおり15日だが、39万5000kmより近い期間となると7日から26日までの20日間である、この間には新月(10日)が含まれる。1月10日はスーパームーン、ということになってしまうが、そんな話は聞かない。そもそも新月スーパームーンは「見えない」ので話題にならないというのはあるにしても、一公転の3分の2がスーパームーンというのではなんだかおかしい。なにかと「定義」にこだわるのが好きな向きの方は、注意してみてもいいかもしれない。

 ちなみに天文雑誌の版元でもあるアストロアーツの特設サイトでは、

科学的な定義が決まっていない言葉ですが、アストロアーツでは現状(2016年11月時点においては)“「月の近地点通過(月が地球に最接近するタイミング)」と「満月の瞬間」が「12時間以内」の場合、その前後の夜に見える満月”を指してスーパームーンと表記しています。「これが正しい」ではなく「このように考えることにしている」ということです。

2016年11月14日 スーパームーン - AstroArts

 としている。そこまでしてこの言葉を広める理由はよく分からないが、まあいろいろあるのだろう。

 

 ところで、さきほどのGoogle Trendで「スーパームーン」が跳ね上がっている月を見ていくと、だいたい年に一回くらいで跳ね上がっている。そのあたりがスーパームーンだったんだろな、というのは容易に想像がつくのだが、よく見てみると毎年同じ月にスーパームーンが見えているわけではないことに気づく。2011年は3月、2012年は5月、2013年は6月、2014年は8月、2015年は9月、そして2016年は11月、である。そして実際、その月にスーパームーンが見られている。

 それのどこが不思議なのか、と思われる方も多いかもしれない。

 しかし、実際おかしいのだ。さっきの国立天文台のサイトの図を再見してみてほしい。

 スーパームーンの起こる月齢は、地球から見た太陽の方向と近地点の方向のつくる角度で決まる。近地点は公転にしたがって動くわけではないから、こういうことが起こる。

 ということは、毎年同じ時期に近地点の方向が満月と重なるはずではないのか。もちろん、毎年同じ日に満月が見られるわけではないから、少し前後するのは分かる。でも、なぜ毎年少しづつ違う時期にスーパームーンが見られるのか。

 これは、「近地点、実は止まってるわけではない」という事情による。

 月の軌道、というのは意外に安定していない。これは、地球や太陽といった天体の重力で絶えず軌道がわずかながらもふらつかされているためである。そのため、「月の軌道は楕円ですよ」

と一口に言っても、その楕円軌道の形はゆっくりと変化する。これは実は月に限らず地球だって火星だってそうなのだが、公転周期が短いこともあって、そのタイムスケールが月の場合は特に短い。

 その中でも大きな変化が、近地点の方向がしだいに動いていくということだ。

 再び暦Wikiから図を引用させてもらうことにする。

 

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暦Wiki/月の満ち欠け/大きな満月、小さな満月 - 国立天文台暦計算室

もちろんこれが1年以下の周期だったりしたら、そもそもこのエントリの前段の話自体が成立しないのでそれよりは長い。でも、人間にとって気にする必要のないレベルかというと、微妙。この近地点の向きは、約8.85年で一周するのである。

 こうなると、近地点が長期的にゆっくり移動していくため、毎年同じ時期にスーパームーンが見えるということはなくなる。というのも、ある年にスーパームーンだった時から一年たった満月は、近地点が少しずれているので、スーパームーンじゃなくなっているのだ。

 じゃあそのずれはどれくらいか?約8.85年で一周するというのだから、360をこの数字で割ってみよう。40度強である。

 ところで、地球が太陽を一周するのは1年である。ということは、40度強ずれたところで次の満月を迎えるのは、1ヶ月半くらい経ってからになる。そのことをふまえて、前に掲げたここ数年のスーパームーンの時期を見てみると、なるほどそんなものである。ぴったり1ヶ月半ではないのは、「満月」じゃなきゃいけないため前後するためというのが大きい。

  ところで、月が最も近づいたときと遠ざかった時の見かけの大きさの差は14%と、さきほど書いた。これはいったいに目で見えるものなのか。

 これについてはよく分からない。自分はあまり実感した記憶がないのだ。そもそも、スーパームーンといったところで、しょせん月の楕円軌道の範囲である。満月かどうかはともかく、月に一度は、だいたいそれくらいの大きさで見えるはずだ。

 なので、もしスーパームーンを目で見て実感できる人がいたら、毎月いろんな月齢の「大きな月」を楽しむのもいいかもしれない。また、楕円軌道というのは一ヶ所が突出して凹んでる形ではないので、スーパームーンの大きさを実感できる人なら、前後数日も当日ほどではないにしろ大きく見えるはずである。だんだん見かけの大きさが変化していくのをとらえ、どのあたりで「いつもの月のようにしか見えなくなる」のか気に留めてみるのもまた一興ではないだろうか。月の出は月齢が進むにつれ遅くなっていくのでその点は注意である。