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ウルトラスーパームーン?

 さて昨日のスーパームーンだが、日本国内ではあんまり天気が良くない地点が多かったようだ。まあありがちである。スーパームーンくらいならいいけれど(よくないか)、月食や日食でこれがくると実に残念である。

 そんなことはどうでもいいのだが、今回のスーパームーンスーパームーンのなかでもウルトラスーパームーンらしい。なんというか、どうも子供がよく使う「一億万円賭けるか?」のような言い回しを思い出してしまうのは自分だけではないと思うのだがそれはそれとして、68年ぶりのスーパームーンなどという言い回しも見受けられる。

 ハレー彗星なら「76年ぶりの大接近」は分かるし、金環日食が「日本では148年ぶり」も分かる。でも月は別にいつでも見えているわけで、この言い回しがいわんとすることはいったいなんなのか。

 スーパームーンA級戦犯…… もとい言い出しっぺ、もとい立役者のノーレ氏のサイトでも、ウルトラスーパームーンなる言葉は見受けられない。ウルトラスーパームーンGoogle検索を掛けてみると、やはり今回のスーパームーンの話が上位に並んでくる。

 ロイターの記事によると、

14日は満月の月が平均距離より地球に近い位置を通る「スーパームーン」となるが、その距離が1948年以来最も地球に近く、約70年ぶりの大きさと明るさとなるため、「ウルトラ・スーパームーン」の天体ショーが世界各地で楽しめそうだという。

14日は「ウルトラ・スーパームーン」、70年ぶりの大きさと明るさ | ロイター

 

 平均距離と言うのは、公転にともなって変化している地球から月までの距離の平均、ということなので、月がそれより近くなるのは(距離が正規分布をなすなら)一ヶ月のうち半分である。

 実際にはそう簡単ではないが、「天文年鑑 2016年版」の「月のこよみ」ページをあたってみると、例えば今年11月の間で「月までの平均距離」384400km*1より月が近くなるのは、11月9日から20日までの12日間である*2。4割の確率で起きるスーパームーンというのは、また新たな定義の登場である。

 ところでロイターのサイトの記事にはでっかい月の写真が掲載されている。ちっぽけな建物や人々を前景にしてなかなか迫力のある写真だが、もちろんスーパームーンで肉眼で見える月は通常の14%大きいだけである。望遠レンズを使って、建物と人々を遠景として月と同じ視野に入れて、撮影されたものだと思われる。写真作品としてはスゲエの一言だけれど、これをスーパームーンの記事の写真として掲載するのは「いったい何を意図したんですかねえ?」と問いたくなるのは自分だけではないと思う。もしこれがロイターでなく「朝日新聞」や「フジテレビ」あたりだったら、日本国内在住の報道姿勢にうるさい方々がどんな反応をしたか、かなり興味深いところではある。

 話を68年ぶりのスーパームーンに戻す。

 ロイターの記事では、特にウルトラスーパームーンという言葉が何を示すかは触れられていない。天気予報などでお世話になっている人も多いであろう、日本気象協会tenki.jpの記事では、

あす(14日:月曜日)は満月です。
ひときわ大きく見える満月を「スーパームーン」と呼ぶのがおなじみになりつつありますが、
その言葉を使うと14日(月)は「超スーパームーン」または「ウルトラスーパームーン」と呼べそうです。

スーパームーン 68年ぶりの巨大さ(日直予報士) - 日本気象協会 tenki.jp

 ちなみにこの記事ではスーパームーン天文学的にはっきりした定義がないこともちゃんと触れている。念のため。それはともかくとして、ここでは「ウルトラスーパームーン」という名前自体、そうも言える、という言い方にとどまっている。
 エコとか自然食品が嫌いな人が目を剥いて起こりそうな名前のWebメディア、マイロハスという記事では、今年の年頭に早くもこの言い回しを使っている。

昨年の本連載「星と暮らす」は、皆既月食ブルームーン中秋の名月スーパームーンなど、月で盛り上がった1年でした。

「ウルトラスーパームーン」が68年ぶりに 2016年注目の天体ショー - Peachy - ライブドアニュース

  中秋の名月スーパームーンはたいてい一年に一回は見られるので(スーパームーンは定義によるみたいだが)、そりゃあ一年のスパンで話題にすれば一回は話題になるよなあと思うけれどそれはそれとして、

 今年のうちで、月がもっとも地球に近づいたタイミングで満月(スーパームーン)になるのが11月14日。今年は月と地球の距離がぐっと縮まって、なんと68年ぶりの近さに! スーパームーン中のスーパームーンで、名づけるとしたら「ウルトラスーパームーン」という感じです。夜空にぽっかりと浮かんだ迫力満点の月を想像するだけで、ワクワクがとまりません!

「ウルトラスーパームーン」が68年ぶりに 2016年注目の天体ショー - Peachy - ライブドアニュース

  しかし、Google先生にお伺いをたてると、ウルトラスーパームーンなる言葉を使っているニュースサイトは多いものの、ネットニュースや時々TVがひっかかるのが主で、いわゆる「オーソドックス」な報道機関の名前はそれこそロイターくらいだ。そんな中、TVの報道番組でのやりとりを抜粋して紹介している、「J-CAST テレビウォッチ」では、「あさイチ!」という番組でのウルトラスーパームーンの扱ったコーナーが紹介されている。

佐藤俊吉アナが「今夜はスーパームーン。普段よりとくに大きく明るく見える大満月なんです。1年に1回のこの現象はあるのですが、なかでも今夜の月は1948年1月以来の近さまで接近します」と説明する。
大きさも明るさももっとも小さく見える時の約1・3倍だ。

68年ぶり!今夜のウルトラスーパームーン見える?東北、北海道、沖縄の一部 : J-CASTテレビウォッチ

 

今年はスーパームーンの中でもウルトラスーパームーンというわけだが、なぜ大きく見えるのか。「地球の周りを回る月の軌道は楕円形です。今夜は距離35万6500キロメートルまで近づくんです。これが68年ぶりというわけです」(佐藤アナ)

68年ぶり!今夜のウルトラスーパームーン見える?東北、北海道、沖縄の一部 : J-CASTテレビウォッチ

 説明が大筋で間違ってないのは良いとして、ここでもウルトラスーパームーンという言い回しは既定のものではなく、あえて言えば…… のようなニュアンスで使われている。

 素人のマスコミ検証(笑)はこれくらいにしておいて、結局、スーパームーンのなかでも特に大きいからウルトラスーパームーンということらしい。
 
 要するに、こういうことである。

 近地点附近で迎える満月の日がスーパームーンである、と一口に言っても、その近づき方はさまざまである。まあ、その定義はさまざまであるが。

 元来の定義は額面どおり受けとると、年一度で済まないスーパームーンが起きることになってしまうようなので、実際には僕が何か読み違いをしたのだと思うけれどよく分からない。とりあえず「その年のなかで一番月が地球に近い満月」くらいに考えておくことにしよう。また定義が増えてしまったが、気にするない。

 さて、一般的に満月といえば、「今日は満月の夜だ」とか言われることからも分かるように、一日単位で見られるものと認識されているんじゃないかと思う。

  しかし、より正確な定義を使うなら、満月というのは月が地球に対して太陽の反対側にやってきた瞬間である。何度も引用している「天文年鑑 2016年版」 でも、「11月14日22時52分○満月」とある*3。一方で、日付単位で名づけられているもの、たとえば文化の日は3日の欄に特に時刻が書かれず記載されて いる(天文現象じゃないけど)。はっきり時間を指定することにあまり意味のない現象も同様で、例えば6日の欄には「おうし座南流星群が極大(条件良)」と の記載があるが、何時にピークとはかかれていない。

 流星群のピークはずれることも珍しくないし、流星群にもよるが前後数時間、ものによっては前後数日はほぼ同等の出現を示すことも多い。そういうことだろう。
 で、いっぽうで満月が時分までこまかく記載されているのは、天文学的に正しく記載しようと思えば、こうなるからである。だから、例えば今年10月のように、13時23分という真っ昼間に満月になることだってある。

  普通満月というのは日没とほぼ同時に上って日の出とほぼ同時に沈む。昼間に見える満月 #とは! などとハッシュタグを使いたくなるが、もちろんこれはそういうことではない。日本では月が上っていない時間帯に「満月」になったということである。地球の 反対側にある、アメリカやヨーロッパではこの「満月の瞬間」が見えるということだ。

 もちろん実際に日常生活で満月という言葉を使うときは、「そ の瞬間を含む晩」くらいに使うことが多いし、それはそれで問題はない。こまかく見ていけばいろいろ悩みどころもあるだろうが、たとえば「天文年鑑」の版元が出している天文雑誌、「天文ガイド」サイトの「観測カレンダー」には満月や新月の日は記載されているけれど時刻は記載されていない。そこまで必要ない、という ことだろう。

  話を戻す。こういうことを踏まえると、「満月の日に近地点附近を通る」と一口に言っても、その「満月の瞬間」に近地点附近のどのあたりを通っているのか、 は毎回少しづつちがってくるわけだ。ということは、近地点を月が通る瞬間と、満月の瞬間が近いほど、「より完璧なスーパームーン」といえなくもない…点と まあそういう話にもなってくるのだろう。

 さらにさらに、前回、近地点移動の話で述べたように、月の軌道はいろいろな天体(ていうか主に太陽と地 球)の重力による影響を受ける。近地点移動そのものもそうだったが、それ以外にも軌道が重力の影響を受けてかき乱されることも多く、完全な楕円軌道という わけではないし、毎回同じ距離まで近づくわけでもない。もちろんそれが「地球から1万km」になったり、地球から遠ざかる方が「地球から100万km」に なったりということは(とりあえず僕達が生きている間には)ないと思われるが、数十km数百km規模ではばらつきが起こる。

 といったことを突き詰めていくと、わずかな違いではあるが、その中でも特に、もとい相対的に「近い」満月というのがある。そういうことを考えていくと、今回のスーパームーンは「近い」ものになる。

  前回わりと嫌味な感じに紹介しておいてなんだけど、Astroartsの記事では、1900年以後、月が近づいたランキングが掲載されていて参考になる。 これによると、1912年1月4日が1900年から今までで一番月が近づいた状態での満月ということになる。以下、1930年1月15日、1948年1月 26日、1972年11月21日、1993年3月8日と続く。今回の11月14日の満月は、1948年のものと1972年のものの間に入る。つまり、 1900年以後の満月の距離をずらっと表にすると、1948年1月以降、今回ほど近かった満月はなかったわけだ。これが、「68年ぶりのスーパームーン」 ということであり、歴代上位に入る大きさということで、「ウルトラスーパームーン」ということになる、のだろう。

 ちなみに今後は、2034年 11月26日に今回より近いところで満月を迎える。これが、「次は18年後」の根拠となっていると思われる。以後は、2052年12月、2054年1月、 2070年12月、2098年1月、と続く。今回よりは少し遠くなるが、2036年1月もかなりの「ウルトラスーパームーン」になる。

 ここまで、あえて具体的に「何km近づくか」は書かないでおいた。それでは、これらの「ウルトラスーパームーン」、いったいどれくらい近づいたのか。

日付満月時の距離
1912年1月4日 35万6375km
1930年1月15日 35万6405km
1948年1月26日 35万6490km
2016年11月14日 35万6521km
1972年11月21日 35万6524km
1993年3月8日 35万6530km

 

  歴代1位から6位までで、155kmの差しかない。155kmといえば直線距離で東京から焼津くらい。かなりの距離に思えるが、月までの距離35万6000kmに 対してみたら、0.04%である。むろん、見かけの大きさの違いもその程度。

 ちなみに前回の2015年はどうだったかなあと調べても情報が出てこない。しかし、9月28日に最近になったときの距離 が35万6877kmだったというデータが同じくAstroartsの「天文現象カレンダー」に見える。その一時間後に満月だったようなので、それよりは遠いのだろう。同じく2014年のスーパームーンは、8月11日の2時43分に35万6896kmで最近になった30分後に迎えた満月である。

 今回の満月がこれらの距離と比べてどれくらい近いか、と考えて電卓を叩いて見たところで、0.1%くらいしか違わない。

 さらにさらに問題がある。ここまで、「距離」というのを、メジャーで二点間を測って目盛を読んだら分かる、かのように語ってきた。しかし、これがまた問題である。

 そもそも月から地球までの距離とは何か。「そんなの当たり前じゃないか、月と地球を結んだ最短距離だよ」という人もおられるかもしれない。

 でも、考えてみてほしいのだ。月も地球も、大きさを持った、岩の塊である。「月と地球を結んだ」といったところで、その岩の塊のどこからどこを測定するのだ?

  これは別に月と地球に限らない。さっき155kmを「東京と焼津の距離」と言ったが、これはそれぞれ、東京都庁焼津市役所のマークの間を測定したもので ある。よく、道路標識でXXまでyykmという看板があるが、あれは多くは市役所などの役場までの距離なので、大きい市などではずれにある目的地を目指す と実際にはそれよりずっと多く(あるいは少し)の距離を走ることになる、ということも多い。

  普通、天文学でそんなことを気にする必要はあんまりない。距離の方がはるかに大きいし、もっというと誤差のほうがもっと大きいことが多いからだ。ところ が、地球と月となると距離がかなり近いし、そこで「スーパームーン」をめぐって細かい数字をいじるとなると、こちらの影響が無視できなくなる。

  一般的に、こういう天文学的な距離は、それぞれの天体の中心から中心までの距離、ということになっている。地球の中心から地球表面までの距離は、 6400kmくらいである。地球の中心に人間が行くことはできないので、表面に立って観察する限り月までの距離はそれだけ近くなる。

 ところが、 地球表面から中心までの距離は、場所によって異なる。おおざっぱに言うと地球は少しつぶれた回転楕円体(球を少しつぶした形)をしているので、北極方向だと中心からの距離は6753kmで、赤道方向だと6378kmになる。おや、さきほどベスト5でこだわっていた距離が埋もれてしまうではないか。

 しかも、実際には月が頭の真上に来るわけではない。地球の半径分、月に近づくことができるのは、月が頭の真上に来た場合である。地球の中心-観測者-月の中心が一直線に並んだとき、はじめて地球の半径分月に近づいた、といえるのだ。

  ところで日本の本州あたりの緯度だと、月は一番高く上っても天頂から南側ななめ上を通っていく。これは、月と地球を結んだ最短曲線から少し外れたところに いる、ということなので、単純に最短距離-中心までの距離、よりは少し遠くなることになる。これが北極や南極となるともっと遠くなり、地球中心から測った 距離とほとんど変わらなくなってしまう。

 季節による違いもある。さきほど「ななめ上を通っていく」と書いたが、その上る高さは季節によって変化するからだ。

 満月は、太陽の反対側にあるので、日本のように北半球の場合、冬至ごろは一番高く南中し、夏至ごろは一番低く南中する。冬の満月がこうこうと照らすイメー ジは、高く上るからではないかと思うけれどそれはそれとして、これが低く上るということは、やはり単純に最短距離-中心までの距離、からの遠ざかり方がよ り大きくなる、ということである。

 また同じ理由で、上ってきたばかりの月は、南中したときの月より少し遠くにあるはずである。上ったばかりの月など、雲や山やらでなかなか見る機会もないが、(計算上煩雑なので便宜上月が天頂を通る地点にいたとして)理論上はほぼ地球の半径分、南中時より遠くにあるはずだ。地球の半径は6400km。とすると、スーパームーンとはいったいなんぞやということになる。

 ありていにいえば、適当なスーパームー ンを選んで、赤道附近の低緯度地帯の、地球中心からの距離が遠く、かつ月が天頂附近を通過するような場所へ旅行して、南中の瞬間に月を見るほうが、スー パームーンの順番を調べるよりたやすく「大きく、明るい月を見ること」ができそうだ。高い山か飛行機で上空に飛べば、もっとダメを押せるかもしれない。その差が目に見えて分かるものかどうか、は保証のかぎりではないけれど。

*1:天文年鑑 2016年版」 p189

*2:天文年鑑 2016年版」 p111

*3:天文年鑑 2016年版」 p40。なお、原文では○は満月のマークである。