どうして火星だけが「大接近」するのか?

 火星の大接近が近い。もう、夜半になると東の空からギラギラと赤い火星が昇ってくる。

 大接近というのは、要するに普段と比べても大きく接近するということである。ちなみにあまり近づかないと小接近。
 しかし、火星以外の惑星であんまり大接近とはいうことはない。なぜだろうか。
 ところで、火星はケプラーを悩ませたことでも有名である。ケプラーはティコ・ブラーエのためた観測データから惑星の軌道を研究していたのだが、火星についてはなかなか解くことができず、苦労したといういきさつがある。当時知られていた理論をもとにして火星の位置を推算すると、どうも位置があってこないのである。それは、誤差ですませられるレベルを超えていた。
 いきなり話を変えるなって?
 いや、この2つにはつながりがあるのである。

 まず、惑星の軌道の話をしよう。
 惑星の軌道は楕円軌道であることがわかっている。これは、地球も火星も土星も同じことである。もちろん細かいことを言えば他の天体の重力による小さな影響などがあるが、今の話では基本的に無視して良い。楕円ということで話を進めることにする。
 もし惑星の軌道が円で、中心の恒星、ああ今回は系外惑星の話はしないので以下太陽っていいますけど、が円の中心にあれば、話は早い。いつも太陽から惑星までの距離は同じである。
 でも、実際にはそうではなくて、楕円なわけである。すると、太陽から惑星までの距離は一定ではないということになる。そのため、太陽にもっとも近づく近日点と、もっとも遠ざかる遠日点が発生することになる。
 結論からいうと、火星に大接近があったり、ケプラーを悩ませたりするのは、この楕円軌道のせいなのである。火星の軌道は、太陽系の惑星の中だとかなりつぶれた楕円軌道を持っている。
 どういうことか?
 ケプラーはちょっとおいておくとして、歪んだ楕円軌道を持っていたらどうなるか、頭の中でイメージしてほしい。当然、公転に伴って、太陽までの距離が大きく変化する。いきおい、接近したときの地球との距離の変化も大きく変化することになるだろう。なるほど、それで大接近というのだなと納得できそうである。
 それでいいのだろうか?
 そもそも、その軌道は円からどれくらいずれているのだろうか?

 楕円のつぶれぐあいを表す値に、離心率がある。0なら真円で、1なら放物線である。そのあいだの値なら、楕円ということになる。ちなみに1を超えると双曲線。離心率の概念は単なる縦横比というわけではないので数字から形状をイメージしにくいのだが、楕円の最も長いところで測った径(長半径)と短いところで測った径(短半径)の比を離心率を使って表すと、eを離心率として、\sqrt{1-e^2}として表せる。離心率0.5の楕円だと長半径と短半径の比は0.87くらいになる。TeXが使えるとかマジ便利。
 それはそうと、当の火星の離心率はいくつか?
 これはだいたい0.093である。
 離心率0.093の楕円というのが、どれくらいつぶれているかというと、これはさっきの長半径と短半径の比の式から算出できる。別に絶対的な大きさを知りたいわけじゃないので、長半径を1にして電卓(スマホのアプリでもエクセルでもRでも良いけど)でパチパチやってみてください。1だとかえってイメージしにくいという人は、100にしてみるとパーセンテージでの表示になる。
 すると、出てくる値は、100:99.6。
 つまり、長半径に比べて短半径が0.4%短い。
 あんまりつぶれてないですね。ていうか、ほとんど円ですね。コンパスで円を書こうとして、直径10cmの円で0.4mmずれるだけということなので、ちょっとコンパスが広がっただけでも達成できそうな感じですね。
 ちなみに、地球の形状は完全な球からちょっと南北方向につぶした形と言われるんですが、地球を南北方向にぶった切った断面図はだいたい楕円で、その離心率は0.082くらいとされる。つまり、地球の形と似たり寄ったりということである。
 ということを踏まえて、

火星に大接近があったり、ケプラーを悩ませたりするのは、この楕円軌道のせいなのである。

 お前は何を言っているんだと言われそうである。0.4%で一体、なにができるのか。
 でも、このせいなのである。たかが0.4%、されど0.4%。
 その事情を知るためには、当のケプラーが悩んだ末に発見したケプラーの法則を先取りしてみることにしよう。これは、ケプラーが火星の軌道について悩んだ末にそれを解くために発見したものだから、いわば答え合わせみたいなものである。現代人って便利だ。

 ケプラーが惑星の軌道について発見した法則はそのまんま、ケプラーの法則というのだが、三つからなる。その第一法則によれば、惑星は楕円軌道を描くというのだが、それだけでは今回のエントリの最初で話した話からなにも話が進んでいない。第一法則には続きがある。惑星は太陽をひとつの焦点として、楕円軌道を描くのである。
 楕円には、中心とは別に焦点というのが2つある。というか、焦点があることが楕円のポイントであって、このあたり詳しくは幾何学の教科書をめくってもらうとして、楕円の焦点は、中心から長半径方向に離心率ぶん離れている。
 要するに、
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こうじゃなくて、

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こうなんですね。
 ピンとくるかもしれないが、惑星の軌道を楕円とみたときの近日点は、楕円の短半径側ではない。長半径方向のうち、中心の太陽から遠い側である。そのため、近日点と遠日点の差は、長半径と短半径の比ではなく、もっと大きくなるのだ。
 具体的な式としては(1+e)/(1-e)と書けるが、もっとざっくりイメージしてみよう。火星の離心率は、0.093である。およそ0.1とすると、近日点と遠日点は、その2倍である2割、まあ切り上げてるから2割弱、の違いがあるだろうと検討がつけられる。これは、具体的な数字でいうと、0.3天文単位くらいの差にある。
 これを踏まえて、火星の大接近について改めて考えてみよう。

 今まではあまりはっきりさせていなかったが、火星(に限らず、惑星)が接近するときの地球との位置関係についてちゃんと考えてみよう。
 惑星が見頃というのはどういう状態を意味するかというと、太陽に対して反対側付近に来るという意味である。これは外惑星(地球より外側を回っている惑星)に限定されるので、水星や金星はその限りではないので気をつけてくださいね。火星は外惑星なので、以下外惑星に限って話を進める。
 なんでその時が見ごろかというと、太陽の反対側にいるということは、地球で言う夜の方向で見えるので、当然見やすい。それに、距離的にも一番近くなる。
 この、天体が地球から見て太陽の反対側にいる配置のことを、と呼んでいる。

 地球が火星の近日点側で近づくか、遠日点側で近づくかで、太陽までの距離が全然違ってくるということになるわけだが、実はこれに加えてもうひとつ事情がある。それは、火星は地球に近いということ。近いというか、すぐ外を回っている。これが何を意味するかというと、ただでさえ開き気味な差が、さらに割合的に増幅されるということである。グラフで、下の方をはしょってしまって変化を大きく見せかける手法がありますね。あれです。
 火星が近日点のときは、太陽からの距離は1.381天文単位。このとき地球の反対側に来れば、地球からの距離は0.381天文単位ということになる。
 一方、遠日点のときはどうか。太陽からの距離が1.666天文単位だから、地球の反対側に来ても0.666天文単位。つまり、太陽までの距離だと2割くらいしか違わなかった距離が、地球までのそれとなる倍くらいまでに差が開いてくる。なお、実際には地球も楕円軌道なんで少し変化するんですが、煩雑だし地球の公転軌道の離心率が小さいので便宜上円として計算しています。
 見かけの大きさは距離に反比例するから、距離が倍違えば、もっとも近づいた時の見かけの大きさも倍違ってくるということになるわけですよ。かくして、大接近と小接近が存在することになる。

 この2つの要素が重要である証拠に、その次に太陽系に近い外惑星、木星の場合と比較してみよう。木星で大接近とか小接近とかいうことは、まあない。とりあえず自分は聞いたことがない。
 木星の離心率は0.048である。なので、遠日点と近日点の距離の差は、倍の1割弱ということになる。一方、木星までの距離は5.2天文単位なので、だいたいその周辺で一割増減するということになる。だから衝のとき、木星から地球までの距離は4.2天文単位ということになる。そして木星の軌道のどの場所で衝を迎えるかで、プラスマイナスで最大0.5天文単位くらい増減する、というところだ。
 これによって変わる見かけの大きさは、1割強である。まあ、目に見えてはっきりした違いとはとても言えない。

 それで大接近が起きる理由はいいのだけど、じゃあ、ケプラーが火星の軌道計算に苦労したのはなんなのか?楕円軌道と何の関係があるのか?
 ケプラーは最初、惑星の軌道として円軌道を仮定していたし、軌道の中心に太陽があるのではなく、焦点にあることも知らなかった。だから太陽からの距離がそんなに変わるとは思っていなかったはずである。それはそうかもしれないが、でもなぜそれが悩みの種になったのか?
 ということでケプラーの法則の第二法則である。この法則によれば、太陽と惑星を結んだ線が単位時間あたりに掃く面積は常に一定である。
 言っている意味が分かりにくいかもしれないが、これは要するに、楕円軌道を運行する惑星の公転速度は一定じゃないということだ。太陽に近いときは速く、遠いときは遅くなる。そしてその速度は太陽からの距離にほぼ反比例するということである。
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 そういわれてもなんだかピンとこないかもしれない。地球の軌道は離心率が非常に小さいから、近日点と遠日点の差はかなり小さいし公転速度もそんなに変わらないためだ。だから、日常ベースではそんなに違う気がしない。
 ところが、火星の場合はさっきも見たように、2割違うのである。つまり、公転速度も2割変化する。
 それはまあ、計算ずれてくるよねって話で。