火星の大接近は夏休みに見ごろになる理由
火星が大接近になったり小接近になったりするのは、火星の軌道が楕円軌道であり、しかもその離心率がかなり大きいということに関係があるという話を前回のエントリでやった。
ところで、この大接近とか小接近といったものは、ランダムに起こるものなのだろうか。あるいは、どれくらいの頻度で起きるのだろうか。
結論から言えば、惑星の衝は、周期的に生じる。これは火星に限らず、木星でも土星でもそうである。なお、内惑星も基本的にはそうなのだが、いろいろ見え方について違うところもあるし、例によって話がややこしくなるので火星が含まれる外惑星だけに話を限ることにする。
どういうことか。
まあまずは、とりあえず、特にどの惑星を仮定したわけでもない、仮のモデルとなる外惑星をいっこ仮定して話を考えてみよう。中途半端な軌道周期ではなく、地球のちょうど3倍、つまり3年周期の公転周期を持つ惑星Xについて考えるとしよう。
あるとき、この惑星Xと地球が衝を迎えたとする。もし、惑星Xが太陽に対して停止していれば、地球が一年後同じ場所に戻ってきたタイミングで衝となるはずだ。
ところが、実際の惑星Xは太陽の周りを公転しているので、止まっていない。つまり、地球が一公転するあいだに、この惑星Xは1/3公転する。なので、その一年後には衝にならない。そこから少し進まないと衝にならないわけだ。
地球の方が公転する角速度が速いので、追い越して、また追いつくというイメージになるわけだ。
なお、ここでは実際の速度はあまり問題ではなく、単位時間あたりに太陽の周りを角度でどれだけ動くか、という角速度が重要になってくるので、以後は主に公転角速度に重点を置いて話をすることにします。
さて。
これと同じようなものを、小学校の文章題あたりでやったことがある記憶のある人もいるのではないだろうか。そう、時計算である。長針と短針が交わるのは何分後でしょうというやつだ。3時を過ぎて最初に長針と短針が重なるのは、3時15分ではない。
そうとわかれば、これは算数の問題だから厳密に解くことが出来そうだ。解いてみよう。でも、算数だと大変なので、簡単な数学である一次方程式の手を借りることにする。
地球に対して、惑星Xの公転角速度は1/3なのだから(ケプラーの法則による速度変化はないものとする)、となればいいわけだ。
言い換えると、このようになればいいわけですね。
というわけで、上の一次方程式を解くと、となる。つまり、最初の衝から一年半後に次の衝があるということになる。
ということがわかったところで、話を一般化してみよう。
地球に対して、公転周期がT年である惑星Yの、次の衝はいつくるか?
円軌道と仮定して、考えてみよう。
惑星Yの公転角速度は地球に対してであるから、を満たすような値を求めばいい。
この式を解くと、となる。
ということで、火星の場合は公転周期が1.88年なので、を代入して、2.14年。日になおすと、780日。おおよそ、2年2か月弱というところだ。この衝の間隔のことを、会合周期という。
衝の間隔なのに衝の文字がどこにも入ってないじゃねえかと思う向きがあるかもしれない。もっともである。代わりに合という文字が入っている。
合というのは、惑星が太陽と同じ方向に来ることである。もちろん完全に真後ろにくるとは限らないが。いずれにしても、このとき惑星は太陽と一緒にのぼって一緒に沈むので観測することはできない。ありていにいえば、衝の真逆である。
衝と衝の間にしろ、合と合の間にしろ、やってることは同じだから、(ほぼ)同じ長さなわけです。
というわけで、火星の衝、つまり観測好機は2年2か月ごとに起こる。つまり、衝のシーズンは、衝のたびに2か月弱、季節が後ろにずれていくわけだ。
さてここで地球にとって季節とは何か。それは、太陽の周りをめぐる公転軌道のどの位置にあるかということを意味する。
つまり、どの季節に衝になるか?というのは、公転軌道のどの位置で衝になるかということであり、衝の性質上、その時の火星の位置も移り変わっていく。
ところで、惑星の近日点がどの位置にあるかというのは、少なくとも数百年とかのスケールでは変わることがない。長期的には変化するのだけど、その長期的というのは何万年とか何億年とかの話なので、無視してよい。
だから、大接近、つまり火星の近日点付近で衝を迎えるときの季節というのは決まっている。具体的に言うと、火星の近日点は星座でいうところのだいたいみずがめ座の方向にある。だから、みずがめ座あたりで火星が衝になるとき、火星はもっとも大きく見える大接近になりうるわけだ。これは季節でいうと、だいたい8月の終わりである。だから、大接近はだいたい8月ごろに起こることが決まっている。今年の衝は7月31日だけど。そのへんはまたのち。
一方、その真逆の方向、つまり2月の終わりごろに火星が最も近づく場合だと、火星は遠日点のあたりにいるので、衝といえどもあんまり地球に近づいてくれない。
そして、接近のたびに2か月づつ遅れていく以上、大接近のあとは接近するたびにだんだん衝のシーズンが後ろへ後ろと移っていき、それと同時にだんだん小接近寄りになる。そして、2月ごろに衝となる小接近を境に、また大接近寄りになっていく、というのを繰り替えすわけだ。
2か月づつ遅れるんだから、6回で元に戻るんでしょ?と言いたいところだが、2か月というのはキリのいい区切りでの言い回しであって、実際にはそれよりは少し短い。そのため、だいたい7回か8回の接近ごとに大接近になる。前回の大接近は2003年だった。
衝の日 | 最大接近距離 | 見かけの半径 | |
---|---|---|---|
2003,8,27 | 5576万km | 25.1 | <-------- 大接近 |
2005,10,30 | 6942万km | 20.2 | |
2007,12,19 | 8817万km | 15.9 | |
2010,1,28 | 9933万km | 14.1 | |
2012,3,6 | 1億78万km | 13.9 | <-------- 小接近 |
2014,4,14 | 9239万km | 15.2 | |
2016,5,31 | 7528万km | 18.6 | |
2018,7,31 | 5759万km | 24.3 | <-------- 大接近 |
(数値は国立天文台のサイトから引用)
7回か8回っていい加減だなあと思うかもしれない。しかし、これは事情がある。実際のところ、大接近というのは(小接近もだけど)別に何km以下に近づいたら大接近とするという明確な定義があるわけじゃないのだ。何事にもしゃくし定規な定義が存在すると思われる向きには意外かもしれない。大きくなったり小さくなったりのサイクルの中で、極大と極小にあたる回を大接近と小接近と称しているようなところがある。
なので、事実上大接近が2回続くようなこともある。例えば1986年7月16日には6037万kmまで近づいたのだが、その次の1988年の接近は9月22日に起き、今度は5881万kmまで近づいている。いちおう一番近づいたのは1988年の接近なのだが、1986年の時もさして距離は違わないわけで。
これは最接近の日付を見るとわかるけれど、ちょうど本来の火星の近日点を挟んで1か月弱、前と後が衝にあたってるんですね。なので、ほとんど差がないということが起きてしまった。ちなみに関西方面の天文ファンの人だとよく「阪神と同じ、18年ぶりの大接近」というような表現を当時何度か耳にしたのだが、阪神の優勝は1985年なのでどっちでもないしこの時は16年ぶりの大接近です。
前回、2015年の接近も今回ほどではないけれど、かなり大きく見えるようになる準大接近とでもいうべき接近だった。なぜかスーパーマーズなんて言い回しが流行りかけたけれど、じゃあ今回のはなんなのだということになりますよね。その時その時のマスコミの都合で勝手に言葉を作るんじゃない。
なので、火星の大接近はだいたい夏の後半に起こるという法則があるわけだ。これは、ある意味ではおいしい季節である。あまり寒くないから外で星に親しみやすいシーズンなので、見やすい。また、夏休みにあたっているので、観察に適している。9月に回り込むこともあるけれど、それでも8月中にはかなり明るくなるので。
一方で困ることもある。夏に見ごろということは、あまり高く昇らないということである。夏は太陽が高く昇りますよね?その反対側に来るということだから、ちょうど冬至の太陽のようにあまり高いところに上ってこない。まあ8月だと夏至からだいぶたっているのでそれなりの高さにはなるのだけれど、小接近の少し手前くらい(2007年とか2009年なんかの接近がそれにあたる)の火星は頭上高くに輝き、それと比べるとなんだかもったいない。
南半球だと逆になりますが。